古都における世界遺産(1)

天龍寺/西芳寺

まえがき

 今から36年前、1972年に国連のユネスコ総会で世界遺産条約が採択されました。この条約が日本で承認されたのは、20年後の1992年のことで、現在までに文化遺産11件、自然遺産3件、計14件が世界遺産として登録されています。
 さて皆様はご存知のことと思いますが、日本においてはこの世界遺産条約が採択される6年も前、昭和45年(1966)に、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法、所謂古都保存法が制定されていたのです。私たちの諸先輩が、歴史的遺産の重要性を認識し、世界に先駆けて保存の措置を講じたことに、大きな誇りを感じています。
 そんなことを考えながら、法律に基づいて歴史的風土特別保存地区に指定されている古都京都の文化財のうち、世界遺産に登録されている社寺の主として、庭園について改めて紹介してみたいと思います。
 
 最初に紹介しますのは、京都市の嵯峨嵐山保存区域内の小倉山特別保存地区の天龍寺と嵐山特別保存地区の西芳寺です。両寺の庭園は、鎌倉時代から室町時代にかけて活躍した禅僧、「夢窓国師(諱は疎石)」が作庭したとされています。
 鎌倉時代、中国から伝来した禅宗特有の自然観を庭園に形象表現する手法として、禅宗寺院の庭に石組を取り入れ、従来の池庭とは異なる枯山水の様式が確立されていきます。この様式を指導した僧侶を石立僧と呼称します。夢窓は、優れた枯山水庭園を全国に作庭し、後の時代の庭園に大きな影響を与えた石立僧でした。

1.天龍寺

 吉野で崩じられた後醍醐天皇の菩薩を弔うために、足利尊氏が夢窓国師を開山として創建した寺院です。

 この地は、かつて後嵯峨天皇の亀山離宮の在ったところで、既に池泉庭園が作られていました。夢窓には、作庭に際して、旧池を利用しながら改修したものとされています。大方丈の西側、縁正面には、旧池を利用したであろう曹源池を中心とする約4000屬涼喟廻遊式庭園が広がります。現在は方丈に座して鑑賞する庭園ですが、最も重要な見所は、池対岸中央の龍門瀑です。龍門瀑というのは、中国黄河中流の急流を登った鯉が龍になるという登龍門の故事に基づいて作られた三段の滝石組です。宋から渡来した禅僧蘭渓道隆(大覚禅師)が創案したとされています。

 最前面に水落石があり、最奥部に深山を表象する遠山石が置かれています。中段には、龍に化す鯉を表す鯉魚石が配されています。六月の早暁、方丈の棟越しの旭光に映える遠山石は神秘的で荘厳さを感じさせます。

 また、この龍門瀑石組の前にある石橋は、3枚の自然石が直線に並べられています。三橋式と称されて、後の庭園技法の範となっているものです。

 龍門瀑の辺りは、夢窓の庭園技法の凝集した部分ですが、曹源池の対岸であり、鑑賞時には双眼鏡を持参されるのをお勧めします。

(天竜寺庭園)
曹源池西側の龍門瀑と手前の自然石の橋石組み

2.西方寺

 西芳寺は、苔寺と通称されているように、苔の美しい庭園としてよく知られています。日本庭園は、建築や彫刻と同じ空間芸術に分類されます。しかし、西芳寺庭園を見ると、実は時間芸術でもあると言えるでしょう。何故なら、天平時代に僧行基が開山したと伝えられる西方寺に、1339年、夢窓国師が入寺し、西芳寺と改め、禅寺として作庭した当時は、苔むす寺ではなかったからです。時代とともに、苔が繁茂しましたが、江戸時代にはあまり評価されなかったようです。18世紀末に発行された都林泉名勝図絵には、西芳寺は紹介されていません。夢窓が作庭した当時の庭園の様子を再現してみましょう。

 寺域は、上段と下段の二段に分かれています。下段の池泉式庭園のある部分は、平安時代からの浄土式庭園があったようです。夢窓は当時の禅宗の理想郷とするため、黄金池をつくり、周辺にいくつかの建物を建てました。当時の見聞録等によると黄金池北西部分には瑠璃殿があったとされていますが、残念ながら建物は全て失われてしまっています。

 池の中島には、白砂を敷き、青松を配した明るい景観をつくったと推定されています。現在の苔むしたヒノキを主とする林泉とは全く趣を異にします。上段部分は洪隠山枯滝石組が中心です。三段の枯滝石組を築きました。これが龍門瀑であるとも言われていますが、水落石、鯉魚石等の役石の区別が判然としません。この部分も地面は苔むしているものの石組部分は、作庭当時の面影を残しています。

 夢窓の作庭した西芳寺庭園は、後の将軍足利義満、義政も感動し、金閣寺、銀閣寺の造営のモデルにしたと言われています。建物のデザインや配置、石組などに多くの共通するところが見られます。

 120種を超える苔に被われた西芳寺は苔の保護のため、昭和52年(1977)に一般公開を中止しました。現在では往復はがきによる予約参拝制をとっています。

西芳寺庭園
黄金池の苔むした中島 朝日ヶ島(右)と夕日ヶ島(左)